カッサンドルのリトグラフとカタログ

あれは9月の終わり頃。
オデオン駅近くでの用事を済ませ、天気も良かったので画廊が並ぶSeine通りに寄り道していた私の心臓を、ズギュンと射抜く小さな絵。
近寄ってみるとなんと、あのカッサンドルのリトグラフ作品だという。

高級魚介とキャヴィアで知られる老舗レストランPrunierのメニューの表紙、1934年の制作。

テーブルの脚のコントラストと立体感、白いクロスの曲線と陰影、ミニマルで幾何学的な造形の魚とオマール海老。アール・デコの香り満載で、私の好みド真ん中。

背景色のマットな暖色系グレーと、海を思わせるエメラルドグリーンの対比に黄色の差し色にいたっては、センス良すぎてめまいを覚える。

カッサンドルと言えば、豪華客船Normandie号のポスターが有名なのだが、こんな愛嬌あふれる意匠も手がけていたとは。決して安くはないけれど買えない価格ではなく、こんなチャンスは滅多にない、と購入を即決。

画廊のオーナーらしき女性2名はどちらも感じが良くて、他のカッサンドルの作品を色々見せて説明してくれた。中でも、ワイン商Nicolasが1936年に発行したカタログは秀逸、繰り返しページをめくっているうちに、ぜひこれも買わなければ、という気分に。すみずみまで素晴らしいのだ、色づかいもフォントの選択も余白の扱いも。

いったい、表紙の為だけに何版使ったんだろう… もちろん当時は4色分解オフセット印刷ではない。エンボス加工の白い「N」の文字もニクい。

ワイン好きの端くれとしては、1936年当時のヴィンテージを知るのも楽しい。

例えばボルドーの高級ワインのページには、最も古くて高価な品として1893年のChâteau Ducru Beaucaillouが150旧フラン、とある。現在よく知られるChâteau LatourやChâteau Margauxは、一般的なボルドーワインのページに何度か登場、20から75旧フラン。

前述の高級ワインの次には「超特級」ワインが見開きで一覧、1858年のLatourで400旧フランとある。但し、ここに挙げられた銘柄には「®」印がついていて、「Nicolas店頭では取り扱いのない非売品。注文取り寄せ条件については、要問い合わせ」という。まあ確かに、当時で78年の熟成を経たワインなら、取り寄せるのに特別な手続きが必要なのは当然と言える。

ワイン産地ごとにテーマカラーが割り当てられていて、ブルゴーニュ白ワインのページは紫色と黄金色(…に見える調合の、明るい黄土色)。

ボルドー白ワインは同じ色遣いで比率が逆転。ブルゴーニュ赤は、ボルドー赤と同じ色遣いで比率が逆(深緑色のベタに赤い線)。

「アルザス、ロワール、ジュラ、アンジュー、ジュランソン、シェリー酒、コニャック&アルマニャック、ポルト酒」がまとめられた「その他のワイン」ページは、落ち着いたオレンジ色背景に青紫色の線。
これと同じ色遣いで逆パターンが、シャンパーニュ。シャンパーニュに関しては、Bollingerの1918年物60旧フランが最高価格、ボルドーの赤に比べるとお手頃なのか。

活版印刷ならではの、書体が紙に食い込んでできる微かな陰影も官能的。これは一生の宝物。