なんと7年半ぶりの16区のブロカント。この辺は我が家からはかなり来にくいエリア(乗り換え3回とかツラい…)なので、敬遠しがちである。
最初は12区のブロカントに向かったのだが、出店が10スタンドもなくて、たまたま通りがかった人みたいな感じで30秒で通り過ぎてしまう。
せっかく出てきたのにこれではつまらないので、16区のブロカントに行くことにした。
2020年いちばんの酷暑週間の最中で、マスク着用でメトロに数十分ゆられてパリを横断するのはキツかった。8番線は暑いし混んでいるし、もはや苦行。
さてミラボー橋周辺と聞いていたのでその辺りに行ったのだが、ブロカントの予告横断幕はあるのに、スタンドがない。もしやキャンセル…?
いや、キャンセルならば横断幕は外すはず。でも見渡す限りブロカントのかけらも感じられないので、9番線に乗ってアイスクリームを食べに行こうと歩き始めた…すると、あった!スタンドの白い屋根が見える!
それぞれがずいぶんと離れて設置されたスタンドのいくつ目かに、紙ものディーラーDの姿を発見。気の毒なくらいひと気がないので、顔見知りの来訪をとても喜んでくれた。
猫の絵のカードを見つけた。
ハガキ本体には2隅にレリーフで薔薇の花、下部にSouhaits sincèresの金文字。中央に小さな厚紙が貼られ、その表紙にはハガキの面を破って小鳥を追う猫が描かれていて、中はミニサイズのカレンダーになっている。
あとで知ったのだが、この日はちょうど「世界猫の日」だった。猫好きとしてはたいへん誇らしい買い物である。
このカレンダーで年代を特定できるのではないだろうか?
19世紀後半から20世紀前半に元日が月曜日始まりで、かつ閏年ではないのは、1855、1866、1877、1883、1894、1900、1906、1917、1923、1934年。
貼られている切手のデザインはSemeuse lignée(線背景の「種まく女性」)と呼ばれ、1903年から1930年まで使われていたもの。
赤色が10c(10サンチーム)切手に充てられていたのは、1923年まで(1924年からは85サンチームが赤色に)。
ハガキの住所面が分割されて、左側半分に私信を書くことが法律で許可されたのは1904年。
ここまでで、とりあえず候補は1906、1917、1923年の3つに絞られた。
あとは、どちらかというとアール・ヌーヴォー寄りな文字のデザインやメッセージの内容(アンドレ青年がテレーズさんに送った年賀状)から想像するに、1906年かなと… 1917年は第一次世界大戦の真っ只中なので、こんな凝った贅沢な印刷のハガキはなかったのでは、と思う。
まあ、ずっと家にしまってあったハガキを出してきて使った可能性もなくはない。
チョコレート工房の製造過程を描いたカードも3枚買った。
Chocolat Moreuilというメーカーで、パリ市に隣接するクリシーで1825創業。このカードは1920年代あたりだろうか。働く人々の服装がやけにモダン(チェックの長袖シャツ)なので、もうちょっと後の時代かもしれない。