パリ9区(rue des Martyrs)のブロカント | 2016/10

もうパリに戻って5日ほど経つのだけれど、まずは日本行き直前の日曜日に行ったブロカントの話を、書いてしまおう。

さて、約半年ぶりの、9区のMartyrs通り
ここは商店街の雰囲気がいいし、私の好きなスタンドがこぞって出店するので、よっぽどの悪天候でない限りは通っている。

前週に15区で買わなかった(高価だったので)古い地図のことが、やっぱりどうしてもどうしても気になって、L氏のスタンドへ。

よかった、まだ売れていなかった!
今は閉店中のデパート、サマリテーヌが中央に大きく描かれた地図。
何がすごいかってこの地図、パリのメトロが、ほぼ原型だった時代のものなのだ。

1898年10月4日に、パリ最初のメトロである1番線の工事が開始。
当初の計画では、Porte de Vincennes – Porte Dauphine線(現1番線に2番線の西端が合体した感じ)、Étoile – Nationを結ぶ環状線(現6番線と2番線)、Porte Maillot – Ménilmontant線(現2番線)、Porte de Clignancourt – Porte d’Orléans(現4番線)、Boulevard de Strasbourg (Gare de l’Est) – Pont d’Austerlitz(現5番線)、Cours de Vincennes – Place d’Italie(現1番線の東端と6番線が合体した感じ)の6線が、順に着工予定だった。次いで、オペラなどを通る中心部の3線が着工予定されていた。

努力の甲斐あって、メトロ1番線は1900年7月19日にめでたく公式開通。ヴァンセンヌの森で開催の1900年夏のオリンピックに間に合った!
そう、私たちが乗っている1番線は、100年越しの立派なアンティークなのだ(そりゃガタもくるはずだ。線路やトンネルが現役なのが、不思議なくらい)。

私の買った地図には、すでにオペラ座を通る線が描かれているので、開通当初ではない。
地図上にあるPorte de ClignancourtからChâtelet間の開通が1908年4月。
地図上にないPorte d’OrléansからRaspail間の開通が1909年10月末であることから、この地図は1908年5月から1909年10月の間のもの。

そして、裏面(裏面の存在には、撮影の際に台紙を外して気づいた)。
この地図が、サマリテーヌ百貨店の顧客用カタログの、見開き中央ページだったことがわかる。
「シーズン終わりのバーゲン」なる見出しがあり、冬服らしきものを纏う女性2人のイラストの下に書かれたお勧め品の中に、「ウールの黒いコート」がある。冬のバーゲン時だ、1909年1月ごろと考えてよいだろう。

アール・デコの流行する直前で、コルセットで締めたウエストと、東洋風の直線的デザインのゆったりした羽織物が並んでいて、面白い。