パリ3区(rue de Bretagne)のブロカント | 2025/05 その2

さて、早起きをして臨んだ大ブロカントの第1日(準備日にも満喫したので、これは「その2」)。

朝イチで向かったのは、いつも同じ場所でグラスと器を売っている女性のスタンド。前日夕方に搬入をほぼ終えている様子だったけれど、特に親しい仲ってわけでもないので声はかけずに帰ったのだった。

2年前に、お目当てのグラスが売り切れでしかたなく買ったグラスの、相棒となる2脚目が欲しいなと思っていた。なるべくサイズの近いのを選ぼうと棚に近づくと、もう1脚しかない!なぜ!

女性店主によれば、日本人男性が6脚中5脚をまとめ買いしたという。ああ、フランスの標準単位の6客セットで買わないあたり、それはめっちゃ日本人バイヤー仕草だわ… 残された1脚は気の毒に、ポツンとひとりぼっちで棚にいた。「これだけ孤児になっちゃって」と、マダムが少し寂しそうに言う。

サイズは理想よりも(家にあるもう1脚のサイズを測ってメモしていた)だいぶ大きいのだけれど、この子はきっと私の家に来たいのだろうと思い、購入を決心。サイズがちがうのも、日本の昔の夫婦茶碗みたいで愛嬌愛嬌。ついでに、角ばったデザインの方のグラスも買い足しておこう。グラスっていつかは割れるものだし。

右奥が孤児だったグラス、ステムのデザインが好きなのだ。19世紀のグラスはいいぞ。

同じスタンドで、イチジクの置き物も買う。

大理石の粉を凝縮して作ってあると教わった。

薄皮が破れているところとか、リアルでよい。杏の置物をすでに持っていて、他の果物も密かに探していたのだ。こういうのは第二次世界大戦後には作られなくなったはず、1930年代とかそのあたりの品物かな… と思ったらびっくり、19世紀末の品物だった。よく割れずに残っていたね。しかもかなり高価なオブジェなのだということを今更ながら知る。


食器のスタンドを出てすぐに右折し、道沿いの空き店舗を借りて出店中のスタンドへ。ここはいつも日本人のバイヤーで混むからサッと見て終わることが多いのだけれど、今回はいいものを発見して、辛抱づよく接客の順番が来るのを待った。

小さな黒い木箱。10 x 7,5 x 4,5cmほどで、手のひらに載るサイズ。

リヨンに近いVillefranche-sur-Saôneにあった手芸品卸業者のロゴが書かれている。第二帝政様式の荘厳なデザインだ。顧客に配った記念品なのか、それともオリジナル商品だったのか。

購入の決め手は、蓋の裏に貼られた紙。

クレモンティーヌさんという独身女性の手に、1906年に渡ったってことだろうか?ならばこの箱は、遠方の顧客の小さな注文品(縫い針とかボタンとか)を入れて配送するためのものだった可能性もある。または、持ち主が裁縫道具を入れて職場や学校に通っていて、紛失を防ぐために名前を書く必要があったのか。

Clémentineと命名された女性の数を調べたら、1900年以降の記録しか統計には残っていない。おそらく1880年代とか1890年代には人気のある名前だったのではないか。

文字も箱も好きな上に、1906年の誰かの手書き文字までついている。欲張り全部フレーバー盛りみたいなオブジェだ。手元に置いて眺めて楽しんでいる。


つぎに、いつも区役所前にスタンドを構えるSのところへ。

黒いジャンプスーツを見つけた。

もともと、裾はストレートで雑に縫われ、安っぽい茶色いプラスチック製ボタンが付いていた。買った当日に洗濯し、翌日の夕方にはモンマルトルでボタンを調達し、裾にゴムを入れて改造した。早く着たくて。

このでっかい袖がたまらないね、よくドアノブに引っ掛けてイライラするけど、でも好き。

おや、このブランドタグには見覚えがあるなと調べたら、4年前に見つけた水玉模様のペンシルスカートと同じだ!


Sのスタンドを出て、左折してすぐのところ。まだ準備中のスタンドの白いテーブルの上に、好みのブレスレットがある。

わー、こういう面取りデザインのブレスレットはまだ持っていないんだ!試着させてもらい、サイズがOKなことを確認して購入、すぐに腕にはめて先に進んだ。1970年代後半あたりの品物で、ベークライトではないので軽い。


Bretagne通りを渡って向かい側には、昨日も会ったJがいる。買い物をするつもりはあまりなかったのだけれど、このビュスチェは買っておいた方が良い気がした。

Infinitifの廉価版ラインのタグがついている。ビュスチェって流行らないと巷に出回らないし、気に入るデザインのものを見つけるのは難儀なので、もう出会ったら買う。そういうことをしているから服がたくさん家にある。