パリ4区(Pl. des Vosges)のブロカント | 2021/09

約1年ぶり、4区ヴォージュ広場周辺でのブロカント。

いつものプロ専門ブロカントかと思っていたら地域バザーも兼ねていたようで、けっこうな規模だった。

Saint-Paulの駅を出てすぐのところには、ブルターニュからやってくる友人、ミリタリー服ディーラーTのスタンド。そこで、シュッとしたかっこいい冬物パンツを見つけた。

深緑色のは前に見たことがあったけれど、似合わない色なので特に気にも留めず。でもこの彩度高めの華やかなワイン色は、とてもいい…!

Royal Hussarウールパンツ

箱の底の方から1点ずつ確認して、最小サイズを見つけた(それでも少し大きいし長い)。

イギリス王立軍の騎兵の制服で、タグの番号からおそらく、1999年の製造とみた。
デザイン自体は19世紀あたりから変わっていなさそうだ。

分厚いウール地で手に持つとずっしり重いのだが、重力のおかげもあって、履くとみごとな脚線を描く。

裾上げのしかたが特殊だったのだけれど再現はせず(できないし)、普通のまつり縫いで短くした(撮影はカット前)。

サスペンダーで吊ることもできる。

夫は同じくイギリス王立軍の、戦闘機パイロットのブルゾンを買っていた。秋に着られるちょうど良いアウターを持っていなかったので、喜んでいる。


紙ものディーラーDはいつもどおり、ヴォージュ広場の北西角に陣取っていた。

ローマ人が支配していた頃のパリの地図なるものを発見。

リュテシア(パリ)の地図

ローマ人がパリにやって来たのは紀元前1世紀ごろなので、私のパリ地図コレクションの中では最古のものになるはず(地図が印刷されたのは19世紀初頭)。

当時はパリと言えばシテ島のことで、見てのとおりの小ささ(ピンク色の部分)だ。

ローマ人駐留地という文字があるあたりは、おそらく今のリュクサンブール公園あたりではなかろうか。

もう1枚のパリ古地図は、1180年から治世したフィリップ・オーギュスト王の時代のもの(地図が印刷されたのは19世紀後半)。この王の時代になってやっと、パリはフランス王国の首都に格上げされた。

12世紀パリ地図

城壁で囲まれたピンク色の部分がパリ市内。まだ小さい。

どれくらい小さいかと言うと、現在のサンジェルマン=デ=プレがパリの外の修道院ということになっている。

さらに、城壁の外にはぶどう畑が点在している。でなければ雑木林。さぞのどかな風景が広がっていたのだろうな。

1920-30年ごろのVincennes地図

1920-1930年ごろのヴァンセンヌの森の地図も、小さくてかわいいので買った。


最後にヴィンテージ服ディーラーLのスタンドを見つける。ヴォージュ広場にはひさしぶりの出店だと言っていた。

前週に見て気になっていた、キューバとかメキシコな雰囲気のシャツ。夫の肩に合わせてみると、サイズは合いそうだ。

ささっと試着したらやっぱりぴったり。

身頃と一体になった袖が、80年代風で最高。肩の幾何学的モチーフは、ヒョウ柄のようにも見える。
たまに借りて着ようかなと思う。

右肩にあった大きめの血痕みたいなシミは、2日かけて無事に取り除いた。
デッドストックでも保管中にシミや傷がつくことはあるんだよね。