パリ15区(Pl. Charles-Michels)のブロカント | 2019/01

なんと6年ぶりの、15区のブロカント。

外気温は1度、氷雨が降る寒い日だった。足先が凍える感覚を久しぶりに味わった気がする。

紙ものディーラーDのスタンドへ行くと、ダウンのコートに頭から埋まってスキーブーツを履いた小柄な彼女が、まるで雪山の遭難者みたいに薄眼でまどろんでいた。

毎週のように会っているので目新しいものはないのだけれど、見慣れた箱をひっくり返して探っていた夫が、黄色いパリの地図を見つけた。

正確にはパリの地図ではなくて、パリ東郊外の町、Saint-Maur-des-Fossésの地図。

裏面にパリのメトロ路線図が刷られ、地元の商店の広告がたくさん入った、便利な小冊子である。

電話番号の表記方法からして、古そうだ。 メトロ路線図の右下に、Propriété de la Compagnie du Chemin de Fer Métropolitain de Parisと小さく記されているので、現パリ地下鉄公団RATPの前身である企業、CMPの時代だというのがわかる。

鉄道会社Nord-Sud(Société du chemin de fer électrique souterrain Nord-Sud de Paris)がCMPに買収され、そのA線とB線が12番線と13番線という呼称に変わるのが1931年1月なので、1931年以降。

鉄道会社PO(Compagnie du chemin de fer de Paris à Orléans)の管轄だったSceaux線もすでにCMPに吸収されている様子なので、1938年以降。

現メトロ6番線のBir-Hakeim駅は、1949年まではGrenelle駅という名前だったので、1950年以降。

現在のGare d’Austerlitz駅が、Gare d’Orléans-Austerlitz駅と呼ばれていたのは1930年から1979年までの間なので、1979年以前。

現13番線のGaribaldi駅の開通は1952年6月なので、1952年以降。

同じく13番線のSaint-Denis-Porte de Paris駅がまだないので、1976年以前。

現2番線のAlexandre Dumas駅がBagnolet駅と呼ばれていたのは1970年までなので、1970年以前。

7番線と7bis線が分かれるのは1967年なので、1966年以前。

これで印刷時期を、1952年から1966年の間まで縮められた。もう少し縮めたい。

使用書体にHelveticaもUniversもないので、1960年代後半だとは考えにくい。FuturaとかGill Sansを組み合わせて組んであるし、いかにも1950年代っぽい。

広告の内容が、不動産・子供服・写真館・バイクとスクーター・民間保険・救急車・配管工事会社・看護師・メガネ・靴、と、戦後すぐとは思えぬキラキラ感にあふれている(Saint-Maurがお金持ちの多い地域なのもあるけれど)。

フランスで公式にテレビ放送が始まったのは1950年4月。テレビ販売店の広告に載っているメーカーから新型テレビが特にたくさん発売されたのは1957年から1960年。

という考察を加えて、おそらく1958年くらいでしょう、この地図の刷られた頃は(ふぅー)。


雨がひどくなってきたので、先を急ぐ。思ったよりも出店者が多かった。
何度か買い物をしている女性のスタンドを見せてもらう(この人にだけ名前をまだ訊いていない、毎回忘れる)。

彼女は以前どこかで読んだLes Dames de Kimotoとかいう日本の小説の著者名をうっかり忘れてしまったので、教えて欲しいと言う。はて誰だ?聞いたままの書名でグーグルで検索したら、どうやら「紀ノ川」の翻訳版で、作家は有吉佐和子であった。

「これで他の作品も探して読める、ありがとう」と、うれしそうにしていた。ネットで検索したりはしないタイプの人なんだな、きっと。

雨宿りのおしゃべりもひと段落した頃、小さなショーケースに入った動物の絵が目に入った。黄金の仔羊が脚を折り曲げて座っている。

ショーケース入りの品物は高価に決まっているので見なかったことにしようと思ったら、あっという間に出して見せてくれた。いわゆるReliquaire、キリスト教の聖遺物のかけらが入った、お守りのようなものである。

リボンに沿って、Agnus Dei bénit par S.S.(Sが2つ?ここがよく分からない) Dieuxと書かれている。Agnus Deiはラテン語で、神の仔羊の意味だ。磔刑にされたイエス・キリストの象徴でもある。神に祝福された仔羊が主題のお守り。

聖遺物のかけらは、おそらく中央にある陶片か結晶みたいに見える角ばったもの。正体がよく分からないので、勝手に聖杯のかけらとでも思っておこうかな。中2病まっさかりの頃の私が狂喜しそうな妄想だな。

裏側には持ち主が鉛筆で書いた文字がある。Union de prières et de larmes(最後の単語はちょっと不確か)、1878年のものだ。Sで始まっているように見える名前らしき文字は、解読に至らず。

この仔羊の描かれた円盤は固定されていなくて、ケースの中を自由に動く。そこがとても気に入ってしまった。