パリ8区(Pont Alexandre-III)のブロカント | 2017/07

2ヶ月ぶりの8区のブロカント。
よく晴れた暑い日だった。

紙もの専門ディーラーDのスタンドで、興味深い品を見つけた。

Encyclopédie ou dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers、かのディドロとダランベール監修の「百科全書、または学問、芸術、工芸の合理的辞典」の一部。

1779年にジュネーヴで発行された版(パリ発行初版が最も格が高いのだが、稀少で超高額な上に、ページのバラ売りなどあり得ない)。海軍の項の図解が面白かったので、3点選んだ。

2艘の船の断面図。
よく見ると、上の船の右上に人間がいる!

狭いところでサボって休憩しているような3名が。
人体スケールを兼ねた絵描き(Bernard Direx)の遊び心、こういうのに弱い。

もう1枚は船の建設現場を描いた図で、浜辺に大勢の人夫が働いている。
裾の長い服を着て談話中なのは、おそらく現場監督の管理職たちであろう。

最後の1枚は、18世紀の帆船時代の海戦戦術図。
いくつかちがうフォーメーション図があった中から、幾何学模様みたいで面白いという理由で選んだ。


Dのスタンドを後にして数メートルほど歩くと、卓上に無造作に紙類を積み上げたスタンドがある。

しわくちゃの古い紙が気になり広げてみると、高級デパートLe Bon Marchéの文字が。

Les modes du siècle(今世紀の流行)の題がつけられた、19世紀の100年間の流行服の移り変わりを描いたポスターだ。

例えば1810年(画像上)と1890年では、こんなにもちがう。
紳士服の方が、流行の変化が激しいような印象。

きっと何かの付録だったにちがいないと思い調べると、デパートLe Mon Marchéが毎年発行していた手帳(Agenda-Buvardと銘打っているからには、万年筆のインク吸い取り紙つき、または全ての紙がインクを吸い取る仕様だったのだろう)の、1899年分だということが判明。

当時は、各デパートで顧客用のオリジナル手帳が毎年作られていた。
ギャラリー・ラファイエットの1930年の手帳を、以前に買ったことがある。

そして、同じスタンドの箱の中から、夫が見つけた銅版画。

暗い夜道を進む兵士5人の先頭には、手にランプを携えた痩せた巨人のようなシルエットが。

左の建物の2階の窓にぼんやり見える人影、前景にうごめくネズミとカラス。
主題は不気味で陰気なのだが、陰の階調表現が素晴らしく豊かで、視線を捉えて離さない。

余白に汚れがあったとはいえ、オリジナルの版画なのに随分と安かった(ボンマルシェのポスターの5分の1!)。

この描写力と完成度を見るに、きっと著名なアーティストだったのではと思い、絵の左下にあるサインを元に調査。

夫がいくつか試しにつづって検索してもヒットしないので、「Boretじゃないのかな?」と私が言うと、ビンゴ!

Amédée de Boretという名の、1837年生まれのフランス人画家及び銅版画家なのだが、なぜかフランス語の解説サイトが見つからない。しかたないので、オランダ語のサイトにあった文章を、フランス語に自動翻訳して情報を得る。

当時の公式展覧会サロン・ドゥ・パリに出展していたとあるので、実力を認められたアーティストだったようだ。彼の作品は、フランス国立図書館とカナダ国立美術館にも収蔵されている。

「死」の光景をモチーフにした幻想的な作風で知られ、かのヴィクトール・ユゴーの書籍の挿絵も担当したという(この版画も、もしかしたらその挿絵の一部という可能性が)から、当時の画家の中ではかなり成功した方だったのだろう。

彼はアクアチント版画協会(18世紀末からエングレービング版画とリトグラフィー版画に押され気味だったアクアチント版画を盛り上げようと、1862年にAlfred Cadartがパリに設立した)の会員でもあった。

このアクアチント技法へのこだわりは、作品からも十分にじみ出ているように思う。