パリ9区(Bd. Haussmann)のブロカント | 2016/07

去年も全く同じ時期に訪れている、9区のブロカント。

着いて間もなく、「卓上の品すべて◯ユーロ均一」という売り方をするスタンドで見つけた白い器は、髭剃り用の受け皿。

長辺の一方の凹みを顎に当て、短辺側の小さな窪みには髭剃りクリームを入れるのだろう。今までにも何度か見かけてはいるのだが、ここまで状態が良いのはめずらしい。

高台に針金を通す小さな穴が2個、空けられている。
永らく壁に掛けて飾られていたために、損傷を免れたのにちがいない。

19世紀頃の物だと見当をつけていたけれど、底面の刻印を調べたところ、1791年のSarreguemines窯の製造であることが判明。18世紀末、フランス革命の2年後だ。

その後に何度も大きな戦争があったのに、ほぼ無傷で、よく残っていたものだ。

同じスタンドでもう1つ、古い薬瓶も見つけた。

「Teint : Eth : de B : de Tolu」という、エチケットに書かれた文字が謎…
とりあえずそのまま打って検索。すると、現代も薬局で売られている瓶入り風邪用シロップのような画像がたくさんヒットする。

薬剤の成分内容を見て行くと、「Eth : de B : de Tolu」は、Ethanol de baume de Toluの略だと見当がつく。

「Teint :」はteinture(英語で言うtincture)の略で、チンキ剤(生薬やハーブの成分をエタノール、またはエタノールと精製水の混合液に浸すことで作られる液状の製剤)を指す。

「Tolu」というのは、南米コロンビアなどで生育する、芳香性樹脂を持つマメ科植物の一種(学名Myroxylon balsamum)で、日本語では「トルー・バルサム」と呼ばれる。
バニラやシナモンに似た香りで、アマゾン原住民は古くからこの植物の成分を咳や気管支炎に対して使った、との情報も見つけた。

ということで、「Teint : Eth : de B : de Tolu」の訳は「トルー・バルサム樹脂の有効成分をエタノール抽出したチンキ剤」、いわゆる咳止めである。

吹きガラスで厚みも安定していないので、19世紀末頃の品物だと思う。
5つの薬鉢と騎士の横顔のデザインされた紋章の出所については、情報が見つけられず。

とても読みやすい書体で、薄暗い倉庫でも、少々視力が落ちていても、経年劣化で文字が少々摩耗しても、これだけ明瞭ならば読みまちがえる危険は少ない。

次に、何度か買い物を重ねるうちに顔見知りになった、紙もの専門スタンドへ。
店主の女性は朗らかで、会話がいつも気持ちいい。

おすすめの新入荷品がどっさり入った箱の中から、1811年のリトグラフ版画を見つけた。鎖で繋がれたマンドリル1匹と、群れから離れたガチョウ1羽が見つめ合っている。

マンドリルの表情に味があって、じっと見ているうちにこの絵を買わずには帰れなくなってしまった。リトグラフ技術が確立されたのが1798年なので、ごく初期の石版作品ということになる。

版画だけ買って帰ろうと思ったのに見つけてしまった、大好きなパリ左岸の老舗高級デパートLe Bon Marchéの売場紹介カード。
裏側にそれぞれの売場の説明が、びっしりと書かれている。

6種類くらいあったものの全部は買えず、陶磁器売場、おもちゃ売場、シルク売場の3枚を選んだ。変形A5板という感じで、わりと大きい。

工房で作業中のおもちゃ職人たちの様子が描かれた、おもちゃ売場のカード。

さすが「親しみやすい高級店」、職人らの服装や姿勢にも優雅さの演出を忘れない辺りが、ボンマルシェらしいブランディング。
茶色で1色刷りされた丸囲み内の売場の光景に、当時の盛り上がりが見える。

シルク売場のカードには、遠い極東の国で作業中の日本人女性たちが。

「ケバい化粧でだらしなく着物を着たゲイシャもどき」みたいな奇妙な絵ではなく、きちんと取材して描かれているのが、日本人として素直にうれしい。

右下にあるサインから調べると、Hermann Vogelという有名イラストレーター(風刺画家としての方が有名か)の作品であることが判明。

ヴォーゲルは1856年生まれで1918年逝去なので、このカードは1910年代までの品と考えてよいのだろう。

4色分解(オフセット)印刷の前身である、石版多色刷りのクロモリトグラフィーで作られていて、茶色の部分は茶色の網点だけで刷られているのが、ルーペで覗くとわかる。