パリ13区(Bd. Arago)のブロカント | 2018/03

15区からメトロで移動して、13区のブロカントへ。前回ここに来たのは2016年、2年ぶりだ。

前の週末に絹のスカーフを買ったスタンドで、鮮やかな山吹色のものを1枚買い足す。

知人Dのスタンドで、パリの名所がイラストで大きく描かれた楽しげな地図を見つける。発行年は印刷されていないものの、Dが1954年だと断言(おそらく仕入先からの情報)。

帰宅して初めて、裏面のノーマルな地図の存在に気付く。メトロの路線図をもとに、自分でも調査(これはもう趣味というか、調べずにいられない)。

メトロ5番線のEglise de Pantinが既に完成していることから、1942年以降。
7番線の南端がまだ二股に分かれておらず、終点がMairie d’Ivry駅であることから1946年以降。

メトロの路線情報からはこれより狭い範囲には絞れず、1946年よりあとの地図、ということになる。紙の質がかなり粗悪なので、戦後すぐの時期じゃないのかなと私は思っている。以前見つけた1947年頃発行の英語表記の地図は、こんなに悪い紙には刷っていないのだ。いずれにせよ、私のパリ地図コレクションの中では最も新しい方である。

色使いがファンシーで安っぽくて、絵もぎこちなくて、とてもいい。

ここで急に夕立のような激しい雨が降り出し、Dのスタンドでしばし雨宿り。20分ほどで小雨になり、傘を開いたり閉じたりしながら残りのスタンドを回る。傘を差しながらのブロカントは煩わしいけれど、悪天候の日は売り手が弱気になっていて、値下げの交渉が通りやすかったりもする。

まったく紙物専門ではない様子のスタンドに、1937年のパリ万国博覧会の会場見取り図が飾られていた。半年前に買った素晴らしいデザインのリーフレットと同じ回の万博だ。L’Illustration誌の中綴じページを、厚紙に貼ってある。

右下の出展リストに、JAPONの文字を見つける。15番とあるので、

左下の略図で15番を探すと、

これが当時の日本パヴィリオンだ。日本からは何を持ち込んで展示していたのかな。