パリ9区(Av. Trudaine)のブロカント | 2017/09

新年度最初の週末は、半年ぶりの9区のブロカントへ。

坂道を下った突き当たりのいつもの場所に、紙専門のDのスタンドを見つける。これまた古そうなパリの地図が飾られていて、挨拶もそこそこに吸い寄せられる。彼女はいったいパリの地図を何枚持っているんだろうか。そして私は何枚のパリの地図を彼女から買うことになるんだろうか。

「ほら見て、Obligadoなんていう知らない名前のメトロの駅が!(今のArgentine駅)」と指差して、1905年の地図だと彼女は言う。

帰宅してから調査してみると、

1909年創設のメトロ6番線があるので1909年以後である
1911年開通の13番線Liège駅があるので1914年以後である(1911年開通時から1914年まではBerlin駅という名前だった)
1916年開通の5番線Quai de la Rapée駅があるので1916年以後である
10番線Wilhem駅は1920年にÉglise d’Auteuil駅に改名したので、Wilhem駅の名前が残っているということは1920年以前

などの点から、1916年から1920年までの期間の地図ということになる。ちょうど100年くらい前のものだ。あの時代に地図を毎年改編して刷っていたとは思えないので、3年から5年に1度作り直していたのではないか。

茶色に青の組み合わせの2色刷りというのもシブくて面白い。現在のような高品質で安価なオフセット印刷のない当時、まだ鮮やかな赤色を印刷する技術が未熟だった、またはインクが高価だった(赤の鮮やかな古い印刷物をあまり見かけない)などの理由で、ある程度コントラストの強い2色を選んだ結果なのかも、などと想像してみる。単に美的な観点からの選択かもしれないのだけれど。

LA MODE ILLUSTRÉE、型紙の掲載されたファッション雑誌。1936年の発行なので、第2次世界大戦の前だ。

こういう雑誌の後ろの方の、広告がぎっしり詰まったページを見るのが楽しい。当時の読者が何に興味を持っている層だったのか、想像が膨らむ。

しばらく歩くと、また素晴らしい地図に出会ってしまった。情報がこれでもかとぎゅうぎゅうに詰まった、1916年1月時点のアルザス及びロレーヌ地方の国境詳細地図。1916年と言えば第一次世界大戦の真っ只中、ドイツと国境を接するフランス東部で凄まじい陣取り塹壕戦が行われていた頃だ。

軍事用の地図を任されたチームはさぞかし優秀な人物の集まりだったのだろうな、測量にも作図にも最高の精度が求められ、間違いが許されない上に、守秘義務も絶対。印刷職人のプレッシャーも相当だったはず、10分の1ミリの版ズレも許されず、最高品質の紙にフルカラーで鮮明に刷り上げて迅速に納品するように指示されたに違いない。

しばらく眺めていると満腹感すら覚えるような高密度の42万分の1縮尺、これは今までに入手した地図の中でもトップに入るお気に入りだ。このスタンドの男性から買い物をしたのは初めてだけれど、とてもいい品揃えだったのでまた見せてもらいたい。

もう予算を使い果たしたので帰ろうと思っていたら、今度は顔なじみのLの姿を見つける。新しい店出し品を見せてもらいつつ話して、さてもう帰ろうかと思った頃、宝石のようなリーフレットが眼前に。

1937年開催のパリ万国博覧会の会場図!なんともモダンでシックな配色!

表紙も素晴らしいけれど、中を開いてびっくり。
セーヌ川沿いの各国パヴィリオンが美しく配置されている。書体はFutura、まさに当時の花形フォント。

正方形に折りたたまれた長細い絵本のような姿に一瞬で心を掴まれ、そのまま最寄りのATMに行き現金を調達して購入。こんなすごい品を見過ごすわけにはいかない。

ちゃんと日本のパヴィリオンもある。セーヌ川右岸はイエナ橋近くの「外国出展エリア」で、エジプトとソ連に挟まれている。