パリ6区(rue Saint-Placide)のブロカント | 2017/06

何度か訪れてはいるものの、まだ買い物をしたことがなかった小さなブロカントへ。
高級デパートLe Bon Marchéの目と鼻の先という立地で客層が良いので、観光客が好みそうなバラ売りの高級品揃えで強気な価格設定。いつもと同じ顔ぶれの業者が出店しているのだが、意外な掘り出し物や買い得品なんかはあまり期待できない。でも見るだけで楽しいので行く!

毎週のように顔を合わせているDのスタンドを見つけて近寄ると、見知らぬ女性が店番をしている。Dは今日はいないのかと訊くと、近くのカフェにコーヒーを買いに行っただけですぐに戻ると言われ、品物を見せてもらいながら店主の帰りを待つ。18世紀の解剖学専門書のページのバラ売りを集めた箱に、面白い絵がいくつかあった。
ほどなくいつもの快活な笑顔でDが現れて、「あ、この解剖学本のイラストいいでしょう、朝からロシア人の観光客が狂喜して買い占めて、もう残りはそれだけ!」と嬉しそうに話し始める。
解剖学のページを2枚だけ買って帰ろうかと思ったら、「まだ表に出していない、とっておきのいいのがあるから!」と見せてくれたのが、100年ほど前のトラムウェイの整備工房の大判写真の数々。どれも1枚ずつ立派な厚紙に貼られた、記念写真のような体裁である。

Tramways de Roubaix et de Tourcoingと書かれているので、フランス北端でベルギーに国境を接する町Tourcoingと、そのすぐ南に位置するRoubaixを結ぶトラムのことだ。1875年設立だというこのトラム会社、なんとわずか7年後の1882年には1度倒産している。その後、6年間にわたってRuffeletという人物が運営を任され、利益が出る状態にまで経営を立て直す。1891年には蒸気から電気への動力転換をきっかけに社名と組織がまた変わり… と、なんだか波乱万丈である。というか、街中を走るトラムも最初は蒸気機関だったんだな、そりゃそうだ。

さて、15枚ほどあった中から2枚を選んだ(解剖学のイラストは予算の関係で諦めた)のだが、Dには撮影年代が特定できないと言う。1910年代というのはなんとなくわかるものの、骨董好きとしては撮影年を正確に知りたいのでムズムズ。
ふと、買わなかった中の1枚に写る車掌詰所のような建物の窓口に、日付入り掲示物が貼られていることに気づいた私は、鞄の中に40倍ルーペを持っていたことを思い出す。そう、5月に20区で買ったルーペ
その掲示物には「1910年3月27日」とハッキリ読める日付があった。ということは、1910年春から夏頃の撮影であろう(日が短く自然光が弱い秋冬にわざわざ撮影スケジュールを組むとは思えない)。Dは「これで他のお客さんに見せるときにも正確な年代を言える」と喜んでいた。

部品整備アトリエ内の機械や道具が興味深いのは言うまでもないが、作業員の服装がカッコよくて痺れる。そして、大きな採光窓があるとは言え、屋内の撮影では被写体に数十秒の静止状態を要求された時代。右端の男性はほぼ静止して写っているのに対して、そのすぐ後ろに控える男性はブレまくっている(笑いをこらえているようにも見える)とか、そういう撮影中のライブ感までが感じられて楽しい。それにしても、ここまで大きなサイズ(198 x 255 mm)の写真が、100年後にもほぼ完全な状態で残っているのは奇跡に近い。大事に保管したまま、長らく存在を忘れられていたのかもしれない。

もう1枚は、車体が居並ぶ様子が壮観。そういえば、これを書くにあたって調べ物をしている最中に、この写真と全く同じネガを元にして印刷されたハガキがあったことを知る。

電車の整備アトリエのシステム自体は今でもそんなに変わっていないらしい。ちなみにこれはパリのメトロの整備アトリエの最近の様子。