パリ14区(Pl. Jacques Demy)のブロカント | 2016/12

昨年も同じ時期に訪れた、14区のブロカント。

何も買わずに見るだけにしようと思っていた(本当に!)のだが、そういう日に限って非常に貴重な品を見つけてしまったりする。

19世紀のバスク織り地を布幅いっぱいで2枚はぎ合わせて作られた、家畜用の背中カバー。売主にはcouvre-bêteと言われたが、この言葉で検索しても何もヒットしない。「馬 カバー」とか「ロバ 保護 麻」とか、キーワードを変えて色々検索しているうちに、couvre-reins(腰あて)という通称が一般的であることがわかった。

角に斜めに縫い付けられた紐に家畜の尾を通せるようになっている。頭の側は、2本の紐で結んで固定する作りで、紐は擦り切れている。布の短辺側はミシン縫い、長辺側(経糸方向である耳部分)は細かい運針の手縫いではぎ合わされ、紐の取り付け部分も手縫い。いかにも昔の日用品といった風情である。
虫や強い日差しから大事な牛を守るためのカバー。私が見つけたものとほぼ同じような布がかけられた牛の写った古い写真を見つけた。

オフホワイトのリネン地にバスク7州を象徴する7本ストライプが織り込まれた、バスク語でLa Saïal(サイアル)と呼ばれる布。バスクの布地は現在も形や素材(現在では生産量の90%はコットン製だという)をアレンジしつつ引き継がれ、テーブルクロスやバッグをはじめ様々な製品が作られ続けているのだが、起源は家畜を覆うための布だったと。知らなかった!

(バスク布地の製造企業のカタログの表紙)

長らく家畜の腰あて布だったサイアルは、1930年代にその素朴で力強い意匠や作りの丁寧さを改めて評価され、フランスの都市部で大流行する。ちょうど食器にバスク模様ブームの波が来ていたのと同時期、当時流行したアール・デコの直線的なデザインにもぴったり合ったのだろう。元々ほぼ同じ素材(リネン、コットン、ジュート麻)で作られていたバスク名物のサンダル「エスパドリーユ」にサイアルを使ったり、そこから展開して食卓用ナフキン、食器拭き、などが徐々に広く作られるようになったという。

昔の織り機では幅が狭い布地しか織れないのだな、でも耳付きでこのシュッとした幅であるのが魅力なんだよなと思いながら生地を見つめていて気づいた、これってシャトル織機で織るセルヴィッチ・デニムの幅と同じではないか?測ってみたら74cm弱(約29インチ)、やっぱり!「デニム」の語源は「de Nîmes」、南仏の都市ニームの機織り工場でも同じ幅の織機を当時使っていた筈で当然といえば当然なのだけれど、慣れ親しんだ尺がふと別の形で目の前にあらわれる、こういう体験にはワクワクする。