パリ14区(Av. du Général Leclerc)のブロカント | 2016/11

飛行機から降りた翌日には、時差ボケ防止に歩くという目的もあってブロカント通いを始めていた(その日は何も買わず)。

パリに戻って1週間後の週末は、14区の大通り沿いのブロカントへ。ブロカント業界でもクリスマス商戦が始まっていて、アクセサリーやストールなどを前面に押し出して「さあプレゼントを買え!!」という熱気を感じる。

古いカードを数枚購入。

左側は復活祭用のグリーティング・カードで、写真とイラストが合成されている。当時のフォトショップ技術も、なかなかのレベルである。

右側はモンテ・カルロのカジノ風景のイラスト。イタリアのサン・レモで印刷されたと裏面に書かれていた。
15年ほど前の夏、モナコに居た友人と一緒にローカル線でサン・レモの安食堂に行き、注文後に生バジルをすり鉢で擂って作るジェノヴェーゼ・ソースのパスタを食べた思い出が蘇る。めちゃくちゃ美味しかったな、あれ。もうレストランの名前も場所も思い出せないけれど、良い思い出。

室内に大勢が集まって社交をしている絵が、昔からなぜか好きである。

軍物スタンドのTを見つけたので声をかけたら、「いいの入ってるよ、ぜったい好きだと思う!」と言う。20世紀初頭の消防士の楽隊ジャケットだったけれど、予想通りとても高価で、ため息まじりに袖をなでて、あきらめる。フランス軍の砂色のケープも良かったけれど、それも予算オーバーなので買わず。

1965年のフランス海軍のコットン製半袖シャツを見つけた。そう言えば、1年半前にもTから買ったんだった。

この後、ソヴィエト軍のフィールド・ジャケットを見かけた夫が試着してみたいと言うので、レーニンの肖像画だらけのソ連グッズ専門スタンドへ。

機能的でスタイリッシュなアメリカ軍のM65ジャケットが世界中の軍隊でコピーされたことは知っていたけれど、まさか冷戦当時の敵国ソ連までが真似していたとは。もちろん生地の組成が違う(ソ連版はコットン100%)し、色味もサイズ取りも違うのだが、基本構成は同じらしい。

「アフガンカ」、別名M81と呼ばれるジャケットは、名前の通りアフガン戦争用に作られた制服。砂漠の夜の寒さに耐えられるよう、取り外し可能な分厚いライナー付きで、昭和時代の客用布団かと思うくらい重いし、非常に嵩張る。

ソ連スタンドには鏡がなかったので、数メートル先の知人Gのスタンドまで行って鏡を貸してもらう夫(ついでにGにレア度査定などもしてもらえる期待が)。その間、私は彼が家から羽織ってきたM65と鞄を預かり、ソ連スタンド前で待機(人質)。

珍しく小さいサイズで夫にはぴったり、しかも今の髭面に似合うということで、スタンド前のATMで現金を調達して購入していた。もう2人で何着ジャケットを持っているか、あえて数えたくない感じだ。