Cartexpo | 2016/05

3月に南仏を訪れた際に、古い写真とカードを売るスタンドで夫が買い物をした。店主は我々がパリから来たと知って、2ヶ月後にパリで開かれるイベントの招待券を譲ってくれた。カードマニアしか行かないような小さな有料展示会で、メトロ3番線のPorte de Champerret駅そばのEspace Champerret(春のワイン見本市と同じ建物)での開催。
2ヶ月間楽しみに待っていたので朝から張り切って出掛けたら、予想通り、ビジターの年齢層が高い。それと、1人で来ている人が多い。ハガキとか切手とかコイン蒐集って、孤高の老人の趣味なんだな、やっぱり…
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写真とカードだけかと思ったら、色々な印刷物を売る面白いスタンドが1軒あったので、随分長居した。
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狼と猫の絵にアール・デコなフォントが素敵な、パリのレストランのカード。撮影しながら気付いたが、実は2つ折りをさらに2つ折りにしてあって、中にも絵と文字が。
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もしもあなたがオオカミのようにはらぺこで…
もしもあなたが仔ネコのように食いしん坊なら…
さあ行きましょう…
そして舌なめずりしましょう
レストランTout va bienで

ごくシンプルだけれど、もうこのレストランで食事したくて仕方ない気分になる。「だいじょうぶ(Tout va bien トゥー・ヴァ・ビアン)」という屋号も良いな、「食堂 だいじょうぶ」。電話番号がCentral 12-24と書かれているから、1912年10月よりも前の時代。レストランがあった住所のBoulevard Saint-Denisの15番地は今どうなっているのかなと思ったら、スーパーのMonoprixだ。

P.FINETTIというパリの宝飾店のカードは、地味ながら品の良さが滲むレイアウトが気に入っている。裏面には手書きのメモ、店頭で気に入った品の品名と価格の覚え書きかな。Rue de la Chaussé-d’Antinの39番地はギャラリー・ラファイエットデパート横の道を少し北上した辺り、今はCalzedoniaというストッキング屋がある場所。
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ワイン店ニコラの栞。1930年頃の物で、販促活動の一環として顧客に配られた品だと思われる。不規則な四角形の黒い厚紙に、スイス人イラストレーターDransyが創り出し描いたニコラ氏(またの名を配達人ネクター。ニコラ社のキャラクター)が金色で刷られ、製版印刷工房Draëger(後に画家ダリ御用達となる有名な工房)のエンボス印が小さく右下に押されている。裏面にはNICOLASの文字が、いかにもアール・デコな書体で配置。実は全く同じ品を前日のパリ3区のブロカントで見つけて、かなり欲しくなっていたのだ、まさかここで再会するとは思わなかった(その上に安いときた)。他にはエールフランスのマニアックな印刷物とかもあったのだが、予算もあるし、また来年ってことで会計。まるまる1冊が八百屋のミカンの薄い包み紙だけのファイル、なんていう代物も見せてもらった、なんでも1つのテーマで集合すると面白い。だからコレクションはやめられない。

フランスの業者だけでなく、デンマークやドイツのスタンドもあった。カード意匠のお国柄を知るのもまた楽しい。
さて、招待状をくれた店主のスタンドを探す。1度会っただけだし顔なんて忘れちゃったよと思っていたのだが、ひと目見た瞬間に「あ!この人だ!」とすぐ分かった。すかさず店主の方も「あなたたち、会ったことあるよね!」と。人の顔を覚えるのが苦手なのだけれど、意外と覚えてるもんだな(我々は田舎では目立つから忘れられないと思うんだ、小柄な髭面チェ・ゲヴァラ風味の男と、やたら声の低いアジア人女の組み合わせってそうそうない)。

店主に「今日は何をお探しで?」と訊かれて、夫は「飛行機ありますか?」「自動車ありますか?」といつもの一般的なブロカントのノリで答えるが、ここはマニアしか来ない展示会、地理的に「どこの」カードかが重要。だから、皆さん挨拶の次には「26あります?」「34あります?」みたいに、フランスの県番号でズバリ指定していた。結局、夫は「あ、じゃあバルジャックで見せてもらったみたいな、未分類のを」と。場所が特定出来ないカードは相場よりも安く、もしかしたら掘り出し物があるかも知れないから面白いのだ。私はそのへんにあった「アジア」のコーナーを何気なく見ていたのだが、日本の昔の古い古い官製はがきを見つけて大興奮。
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「きかは便郵」の文字から、1933年以前の物である事は確か。でもきっともっと古い物のはずだ。官製はがきの歴史を説明したサイトで、郵便料金の変遷を調べた。官製はがき制度の開始は明治6年(1873年)、料金は1銭(市内便は5厘)の時代が明治15年(1882年)まで… なのだが、1銭で明治21年(1888年)消印のものがなぜか1枚ある。昔は消印の押し間違いが珍しくなかったらしいので、消印間違いか、1銭だった時代が実はもう少し長いのか、もしくは1銭はがきに不足分を現金払いで補って使ったのか。
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最も古い物(集合写真の上段中央)は、おそらく1873年から1877年までの物。上州下仁田町の油屋宗平さん宛、という情報以外が読めない(日頃から書に親しんでいる家族に見てもらったのだが)。

その次に古いもの(上段右)が、万国郵便連合加盟年の1877年から1882年までの物だと思う、印刷の切手部分に「大日本郵便」という文字が現れているので(先に挙げた最古のはがきの切手にはこの文字が無い)。兵庫西柳町の赤梠円二さんが神戸栄町弁天濱角の木村孫右衛門さんに宛てたもの。内容は、「おまちさん」という人物に関する問い合わせのやりとりのよう。女中奉公の人材紹介とか、そういうことだろうか。差出人も宛先も、名前が時代劇の登場人物みたいで面白い。

1888年4月22日付のはがき(上段左)も「大日本郵便」の文字ありで、横浜の丸善書店宛てに三省堂書店が送った書面。漢字にカタカナ混じりの漢文みたいな文章が印刷されている。ある書籍の再版をかけるにあたって、在庫数を知りたいという文面。続いて1889年8月14日付(下段左)で、切手が「大日本帝国郵便」と、「帝国」の文字入りに変化。横濱の戸田榮三郎さんから東京下谷(か入谷?)の山田周吉さん宛てで、家族連れで湯治に出掛けた旅先からの便りのようである。

いちばん新しいのが1904年4月3日付の青枠ハガキ(1899年から使用されたデザイン)、横濱市有志者が「県会議員市部補欠選挙に荻原氏を推薦するのでよろしく」という、これもまた漢文風の文面。「軍國多端ノ時ニ際シ徒ラニ選挙ノ競争ヲ為スハ忠良ナル臣民ノ欲スル所ニアラズト…」との断りから、日露戦争当時の空気が伝わる。

消印に「イ便」「チ便」というカタカナが読み取れるのでなんだろうと思ったら、集配時間帯の記録だった。イロハ二ホヘト、だ。あ、1881年までは「いろは」は平仮名だったのか、じゃあ上段右の木村孫右衛門さん宛てのはがきは、1877年から1871年までのものだな。

この後、「日本」の箱に入ったカードも全部見せてもらった。この前の日本滞在で訪れた宮島の風景と、金澤八景「洲崎晴嵐(洲崎神社)」の絵葉書(「金澤八勝図 広重版画」から。同じ歌川広重作品に、「金澤八勝図」と全く同じ名勝を描きながら微妙に違う絵になっている「金澤八勝図 広重版画」があることを、横浜市立図書館のサイトで知った)を見つける。

カード通の皆さんのように地名指定で探してみたくなり、「バスクのカードはありますか」と訊いたら、「バスクの何?」「えっと、どんな服装だったかとか、そういう…」「フォークロアね、はいこれ」と、ひと束出してくれた。そうか、地方名だけじゃなくてテーマも絞らないといけないんだ。1枚、羊飼いの着た藍染めスモックBiaudeを纏う男性2名の写ったハガキがあったので、それをキープして束を返却。「他のも見る?」「見ます」で、50枚ほどの束が次々と出て来る、の繰り返しが延々。なかなか終わらないなと思い顔を上げたら、「バスク」の箱だけで長さ80センチほどもあった。30分かけて全部見終えたらヘトヘトだった。

最も高価だったのは、夫が見ていた未分類カードの中にあった、食料品店の店頭で撮影された写真(印画紙に現像されていて裏面がハガキ仕様)。
Grande Epicerie de Parisの文字を見て、咄嗟にパリ左岸のデパートの食品館La Grandes Epicerie de Parisを思い浮かべたのだが、食品館がこの名称で開店したのは1978年、どうやら違う店のようだ。もう1つの手掛かりである「G.Texier」で調べると、全く同じ店の前で撮影された別の従業員の写真が見つかった。このサイトによると、オーヴェルニュ地方のMontluçonという街のBouvevard Courtaix(現在の綴りはCourtais)94番地にあった食料品店。Parisという言葉が店名に付いても、パリの店とは限らないね、確かに。日本の田舎にも「東京モード店」とかそういう店が昔は少なからずあったと思う。びっくりするくらい高かったのだが、ここまでハッキリ細部が写っていて退色していないのは稀なので、まあ納得。Montluçonを写したハガキはこのCourtaix大通りばかりで、ここはきっと、パリで言えばシャンゼリゼ大通りのような華やかな目抜き通りだったのだろうと想像。